はじめに
「負けているぞ」
私はこれまで、兄弟の中で劣勢になっている子に、この言葉をよく使っていました。
言われた子どもの反応は、ほとんどが無言です。返事があっても「うん」の一言で、その先に会話が続くことはありませんでした。
それでも私は、この声かけが間違っているとは思っていませんでした。
そのため、あとから謝ったこともありません。言い直したこともありませんでした。
運動や勉強では、誰かと競うことが刺激になる。負けていると伝えれば、「もっと頑張ろう」と思ってくれる。
私は、どこかでそう考えていたのだと思います。
ただ、今回あらためて考えてみると、子どもの無言が何を意味していたのか、私は確認していませんでした。
本当にやる気につながっていたのか。それとも、何と答えればよいか分からなかったのか。
今の私には分かりません。
この記事は、比較してきた自分を正当化するためのものでも、強く責めるためのものでもありません。
これまで気づいていなかった声かけを振り返り、これからどう変えていくかを考えた記録です。
結論
今後、私は「比較をすべてやめる」のではなく、比較の使い方を見直したいと思っています。
兄弟を使って「負けている」と追い立てることは控える。
一方で、運動では同じクラスの子を目標にすることまで、なくすつもりはありません。
私は、運動の上達にはライバルの存在も必要だと考えています。
ただし、誰かより上か下かだけを伝えるのではなく、何を目標にするのかまで一緒に考える。
比較を子どもの評価に使うのではなく、次の目標を見つける材料として使う。
これが、今の私なりの考えです。
わが家の状況
わが家には、小学2年生の長男、年長の次男、年少の三男がいます。
三人ともスマイルゼミを使っていますが、学習への向き合い方は違います。
長男は、年少の頃から文字に興味を持っていました。街中の文字を読んだり、友達と手紙を交換したりすることが好きでした。
朝のタブレット学習も長く続いています。小学2年生になった現在も、自分から取り組む習慣があります。
次男は、年少の頃に「勉強が大嫌い」と話していました。
それでも、自分のタブレットを持ったことをきっかけに、少しずつ学習を始めました。現在は算数が好きになり、朝も自分から取り組んでいます。
三男は、まだ朝学習が習慣になっていません。
兄たちから声をかけられ、気が進まない様子で取り組む日もあります。一方で、兄たちの影響もあり、入園前にはひらがなを読めるようになっていました。
同じ家庭で同じ教材を使っていても、始まり方も進み方も違います。
実際にやってみたこと
わが家では、三人に同じスマイルゼミを用意しました。
同じ教材を使えば、同じように取り組むようになる。どこかで、そんな期待があったのかもしれません。
実際には、三人の反応は大きく違いました。
長男は学習習慣につながりました。次男は遊びへの興味から入り、少しずつ勉強も好きになりました。
三男は、今も習慣をつくっている途中です。
私は普段から、一人ひとりを見るように意識しています。
それでも二人が同じことに取り組んでいると、どうしても差が目に入ります。そして、遅れている子や劣勢な子に「負けているぞ」と声をかけていました。
子ども一人ひとりを見ているつもりでも、声かけでは兄弟を基準にしていたのです。
良かったこと
今回振り返ってみてよかったのは、これまでの考えをすべて否定せずに、声かけだけを見直せたことです。
私は今も、競争が成長につながる場面はあると考えています。
特に運動系の習い事では、同じクラスに目標となる子やライバルがいることで、「あの動きができるようになりたい」と思えることもあります。
ただ、競う相手がいることと、親から「負けている」と言われることは、同じではありません。
この二つを分けて考えられたことは、私にとって大きな気づきでした。
また、三兄弟のこれまでを振り返ると、今の姿だけで得意や苦手を決められないことも分かります。
年少の頃に勉強が嫌いだと話していた次男は、今では算数を楽しんでいます。
子どもは変わっていきます。
今の順位よりも、その子がどのように変わっているかを見ることも忘れないようにしたいです。
うまくいかなかったこと
これまで私は「負けているぞ」と伝えたあと、子どもの気持ちを聞いていませんでした。
子どもは無言になるか、「うん」と答えるだけでした。
私はそれ以上聞かず、声かけを終えていました。
しかし、無言だったからといって、納得していたとは限りません。やる気が出ていたのかどうかも、確認できていません。
私は「発奮してほしい」という自分の意図だけを見ていました。
その言葉を子どもがどう受け取ったのかまでは、見られていなかったのだと思います。
これまで謝ったり、言い直したりしなかったのも、比較する声かけを間違いだと考えていなかったからです。
知らずにしていたことまで強く責めても、過去は変わりません。
それよりも、気づいた今から声のかけ方を変えていきたいと思っています。

改善したこと
これからは、兄弟の中で劣勢な子に「負けているぞ」と伝えることを控えます。
代わりに、本人が今どこで困っているのかを聞いてみます。
「今、難しいところはどこ?」
「次は何を意識してみる?」
こうした言葉なら、兄弟との順位ではなく、本人の次の行動に目を向けられそうです。
運動系の習い事では、これからも同じクラスの子を目標にすることはあると思います。
私は、ライバルの存在が上達につながることもあると考えているからです。ただし、これは私個人の考えであり、すべての子に当てはまるとは思っていません。
子ども自身がその相手を目標にしているのか。競うことで前向きになれているのか。
そこを確かめずに、親だけが競争をつくることは避けたいです。
また、比べる場合も、人ではなく具体的な動きや記録を見るようにします。
「あの子の着地はきれいだったね。どこをまねしてみたい?」
「前回より、ここができるようになったね」
このような声かけなら、ライバルの存在を生かしながら、本人の成長にも目を向けられます。
385家庭を対象にした研究では、親の関わり方の差そのものより、子どもがそれを公平だと感じているかどうかのほうが、自尊感情や兄弟関係と強く結びついていました。McHaleほか(2000年)
この研究は、スポーツにおけるライバルの効果を調べたものではありません。
それでも私にとっては、親の意図だけでなく、子どもがどう受け取っているかを見るきっかけになりました。
今日からできること
まずは、これまで使ってきた言葉を少しずつ変えてみます。
| これまでの声かけ | これから試したい声かけ |
|---|---|
| 兄弟に負けているぞ | 今、難しいところはどこ? |
| 弟はもう終わっているぞ | 今日はどこから始めようか |
| 同じクラスの子に負けるな | あの子のどんな動きを参考にしたい? |
| もっと頑張らないと勝てないぞ | 次は何を意識してみる? |
| 兄弟の中で一番うまい | 前回よりここがよくなったね |
言葉を変えたからといって、すぐに子どもの反応が変わるとは限りません。
私自身、これまでの言い方が無意識に出てしまうこともあると思います。
そのときは、気づいたところで言い直す。
まずは、そこから始めてみます。
こんな家庭におすすめ
今回の内容は、次のような悩みがある方と共有したいと思っています。
- 兄弟を励ますために競わせることがある
- 「負けるな」という言葉をよく使っている
- 競争心は大切にしながら、声かけを見直したい
- 子どもが無言になったときの気持ちが分からない
- 兄弟と比べることに迷いを感じている
競争が力になる子もいれば、負担になる子もいると思います。
わが家の考え方が、そのまま当てはまるとは限りません。同じような経験がある方に、一つの家庭の記録として届けばうれしいです。
今後の目標
私の目標は、子どもたちから競争心をなくすことではありません。
兄弟や同じクラスの子に勝ちたいという気持ちが、本人の力になることもあると思っています。
ただし、親の私が勝ち負かしを決め、劣勢な子を追い立てることは減らしていきます。
「負けているぞ」と伝える前に、子どもは今どう感じているのかを考える。
返事が無言や「うん」だけだったときは、そこで会話を終わらせない。
時間を置いてからでも、どう感じたのかを聞いてみる。
競争させることより、競争をどう受け止めているかを見る父親になりたいと思います。
まとめ
私はこれまで、兄弟の中で劣勢な子に「負けているぞ」と声をかけてきました。
その言葉を間違いだとは考えていなかったため、謝ったり、言い直したりしたこともありません。
今回振り返り、比較そのものよりも、比較をどのように使うかが大切なのではないかと考えるようになりました。
2024年に発表されたメタ分析では、兄弟のうち不利に扱われていることや、親の関わり方の差が大きいことは、子どもの内面・行動上の問題との関連が報告されています。ただし、関わり方の差が必ず問題を引き起こすと断定した研究ではありません。Jensen・Thomsen(2024年)
私はこれからも、運動ではライバルの存在を意識させることがあると思います。
それでも、兄弟を基準にして「負けている」と伝えることと、目標となる相手から学ぶことは分けて考えます。
子どもがどう受け取ったのかを確かめながら、わが家に合う声かけを探していきます。
私もまだ、三兄弟を育てている途中です。
